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都市情報詳細(ナイロビ)
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ナイロビ NAIROBI 更新日:XXXX.XX.XX
ケニアの首都で、東アフリカの中心都市。海抜約1,700Mの高地にあり一年中過ごし易い。東アフリカ旅行の玄関口であり、アフリカ諸国と欧米、アジアを結ぶ重要な場所でもある。

3. 歴史・現状

    *東アフリカは「人類のふるさと」といわれる。人類の直接の祖先である
     ホモ・サピエンスが、1万5000年前からビクトリア湖畔に住んでいた。
     7世紀頃からアラブの商人が渡来し、15世紀末にはバスコ・ダ・ガマが
     インド航路開拓のため立ち寄るなど、早くから交易の場として賑わう
     ようになった。
    *アラブ人とポルトガル人の間で争奪戦が繰り返された結果、16世紀はじ
     めから約200年間、ポルトガルによって占領される。
    *1885年のベルリン会議で列強14ヵ国によるアフリカ植民地の分割協定が
     成立し、英国の支配権が強まった。早速鉄道建設が計画され、1899年ナ
     イロビにその中継基地が設置された。1905年モンバサから英領東アフリ
     カの植民地政庁が移転して発展。1920年には英国の植民地となったが、
     次第に民族主義運動が台頭し、1952年のマウマウの反乱などを経て第2
     次大戦後の1963年12月独立を達成した。当初から自由経済体制と親西側
     外交を2本柱に順調な経済成長をとげ、「東アフリカの優等生」といわ
     れてきたが、オイルショック以来、対外貿易、国内経済ともに低迷が続
     き、政治的、経済的に不安定な状況が続いている。
    *アフリカの象の生息数は激減しているが、これは、象牙目あての密猟者
     が後を絶たないことにもよる。象牙大量消費国である日本の在り方が、
     問い直されている。
    *1995年1月、WTO 加盟。
    *1996年6月、ルワンダと事実上断交(ルワンダ元内相暗殺未遂事件の容
     疑者をめぐって、対立)。8月クーデターが起こったブルンジに対して、
     経済制裁を発動した。
    *1998年8月7日、ナイロビ市内において米国大使館を狙った爆弾テロ事
     件が発生。多数の死傷者を出した。
    *1999年11月、ウガンダ、タンザニアと共に東アフリカ共同体(EAC)を再
     発足。2004年3月にこの3ヵ国で対外共通関税同盟に署名。2005年1月
     発効。2007年、ルワンダとブルンジがEACに正式加盟。
    *2001年12月27日、モンバサのモイ国際空港が反乱分子によって占拠さ
     れ、空港及びモンバサーナイロビハイウェイが数時間使用不能になると
     いう事態が発生した。
    *2002年11月モンバサのホテルでイスラエル観光客を標的としたテロが発
     生、15人の死者が出る大惨事となった。その後アルカイダが犯行声明を
     出している。
    *2002年12月27日、5年ぶりの総選挙が行なわれ、統一候補のムワイ・
     キバキ氏が第3代大統領に選出された。2003年1月就任。
    *現在ナイロビ市が抱える最大の問題は人口の急増で、増加率は年10%に
     のぼる。
    *2004年のノーベル平和賞はケニアの環境活動家、ワンガリ・マータイ氏
     に授与されることが決定。アフリカ女性で初の受賞となった。彼女は日
     本のものを大切にする文化に感銘を受け「もったいない運動」を提唱。
    *2005年10月、11月に予定されている憲法改正をめぐる国民投票を前に賛
     成派と反対派の対立が激化、西部の都市キスムではデモ隊に警官隊が発
     砲、死者の出る事態となった。焦点は首相職の新設、妊娠中絶の原則禁
     止、宗教別裁判所の新設など。結局新憲法草案は否決され、キバキ大統
     領は全閣僚を解任。組閣では就任を拒否する議員が出るなど政局が混
     乱、議会内には2007年に予定されている総選挙の前倒しを求める声が強
     まった。
    *2007年12月27日、大統領選が行なわれ、キバキ大統領が辛くも再選と
     なった。しかし選挙の不透明性などから暴動が発生。ナイロビ市内でも
     治安が悪化している。
    *2009年1月20日、米国の第44代大統領に就任したバラク・オバマ氏の
     父親はケニア人で、就任には国中が熱狂に包まれた。
    *2009年2月、約150万年前のものとみられる原人の足跡の化石がケニア
     北部の地層で発見された。原人が現生人類と同じ二足歩行をしていたこ
     とを示す最古の証拠といわれる。